2007年08月03日

「神鴉伝説(おがらすでんせつ)」

神鴉伝説(おがらすでんせつ)
場所/広島県・宮島町
時代/推古天皇の頃
(引用:宮島観光協会HP)http://www.miyajima.or.jp/rekisi/jiten1/jiten.htm


6世紀、安芸国佐伯部の有力者で佐伯鞍職(さえきのくらもと)という人がいました。

あるとき、部下を連れ大野の瀬戸で魚釣りをしていますと、西の方から紅の帆を揚げた立派な船が来ました。そして船のところへ来て

「汝は誰か」

と聞かれ、鞍職は

「私は所の翁佐伯鞍職という者で、この島に古くから居る者です。この島は私が治めています。」

と答えました。するとその立派な船に乗られたお方が

「おまえの島を貰いたいが」

と仰せになりました。

お姿を拝すると大変立派な方で、普通の人ではないと感じた鞍職は、

「よろしゅうございます。お言葉通り差し上げましょう。」

とお答えすると、

「実は、私は昔からこの島に鎮座している神で、代々の皇室を守り、皇室からも仰ぎ祀られているものである。今ここに来たのは、この島でどこか良いところを選んでそこに還りたいと思ったからである。お前はそれを探し出して、朝廷に申し上げ、御殿を造ってくれ。」

と仰せになりました。鞍職は大変ありがたく思い、

「委細承知しました。しかし、朝廷にお願いするのに何か証拠が欲しゅうございます。」

とお答えしました。

「私が今言った証拠には、お前が都に上ると空に不思議な星が現れ,皇室の御殿の中に、榊の枝を咥えた鴉が入るであろう。それが証拠だ。」

と仰せられました。そこで鞍職はこのお方「厳島大神様」を磯辺にある岩(御床岩)にお遷しして、仮の御殿を造りました。鞍職は都に上り、そのときの推古天皇様に

「実は、・・・」

ことの次第を言上したところ、如何にも大神様のお言葉通り不思議なことがあったので、天皇様も大変御感歎になり、お宮を造るように申し渡されました。

鞍職は、この許しを得て帰った後、改めて

「大神様はどのような所がお気に召しますか?」

とお伺いしますと

「私が高天原から連れて来た神鴉(こがらす)がいるが、それが案内するであろう。」

と申されました。

そこで新しく立派な船を造り、神様のお供をしてこの島の浦々を巡り、養父崎(やぶさき)の沖に来たとき、鞍職は粢(しとぎ)を海上に浮かべご祈祷をしました。すると弥山の杜から神鴉が飛んできて粢団子(しとぎだんご)を咥えて船の前の方を進むので,その後をついて脇の浦まで来たとき神鴉が見えなくなりました。

この時、神様は

「実は、私はここが良いと思っている。お前もそのように思うならここへ御殿を造りなさい。」

と仰せられ,最初の御殿が造られました。

お島廻りはこの故事にならって行われています。

現在でも、5月15日にこの故事に習い、七浦である杉の浦・鷹ノ巣浦・腰少浦・青海苔浦・山白浦・須屋浦・御床浦を巡拝します。

途中、養父崎の沖で粢(しとぎ)に団子を乗せて海上に浮かべご祈祷をすると弥山の杜から神烏が飛んできて粢団子(しとぎだんご)を咥え飛び去っていきます。(宮島七不思議の一)また、御床浦の岩の亀裂の型から、厳島神社の神紋である亀甲紋が考案されたといわれています。

2007年07月26日

「塩の道」

2007年7月26日(木)

もも@みやじまさま

ぐっさん@げんしゃです。暑中お見舞い申し上げます。

ぐんぐん上昇する気温に負けないほどの「熱い」投稿を興味深く読ませていただきました。

「SETOプロジェクト タイムライン」とても面白いですね。エピソードを時間軸に沿って、目視できる。そこからまた、何か「新しい物語」が生れてきそうですね。今は、「タイムライン」の投稿は、オープンにされていませんが、そちらのほうにも投稿できるようにされたらいかがでしょう。

これらの仕組みによって集積された「物語」と連動し、それを具体的な作品制作に結びつける「みんなのライトノベル」コンテストは、とても有効なアイディアだと思います。

コンテストを通じて、物語からアニメ化を想定したシナリオを成立させることができれば、まさにこのブログのテーマである「アニメーションをつくりたい!→つくる!」という目標実現へ向けた良い流れを作って行けそうな気がします。

言うまでもありませんが、このコンテスト企画の最重要事項は一人でも多くの方々にこの企画に関心を持っていただき、投稿していただけるようにすることです。近いうちに事務所にうかがいますので、細部を検討しましょう!

これまでになく、面白そうな風を多くの皆さんと一緒に感じて行ければ最高ですね。

私からもSETOプロジェクトの物語ネタをひとつ。

「塩の道」

そういえば瀬戸内海沿岸は昔から塩の生産地だったんですね。

現代の日本のように商品流通網が発達した中で生活していると
「塩」が身近にあることが当たり前のように思ってしまいますが、塩は昔から非常に貴重なものだったんですね。

かつて宮本常一さんが『塩の道』という本で紹介されていたのを思い出しました。(細部が違っていたら申し訳ありません。)

*清水港のあたりから富士川を上り、甲州街道を抜けて諏訪へ至るルート。
*新潟の直江津港のあたりから長野〜松本へ至るルート。
*同じく新潟の糸魚川から上って木崎湖〜松本〜塩尻へ至るルート。

これらはいずれも、瀬戸内沿岸で生産された塩が、西廻り航路、北前船を経て運ばれ、さらに港から牛や馬に積まれて山奥へと運ばれる「塩の道」だそうです。

宮本常一さんの本で紹介されていたエピソードをひとつ。
(これも細部が違っていたら申し訳ありません。)

塩を牛や馬の背中に乗せて山奥へと運んだそうですが、決して夜に塩を運ばなかったそうです。

塩を運んでいる途中で野宿する時には、必ず火を焚いておく。そうするとオオカミ等の獣除けになると言い伝えられていたそうです。

変な話ですが、小用を足す際にも決して壷のようなものにはしなかったそうです。これも尿に含まれる塩分を狙って獣がやってくるのを避けるためだとか。

これは、塩というものが動物も欲しがるほど貴重なものだったということを表すエピソードらしいのです。

塩の貴重さ、夜の獣の恐怖、これらは、現代の生活に慣れた私には、感覚としても分からなくなってしまっています。

今となっては想像するしかないのですが・・・。

2007年07月25日

「海が、ひかる。」

2007年7月25日(水)

皆様へ。

現在、mixi上で展開しているコミュニティ「広島アニメーションをつくる!」にて、広島・環瀬戸内海に関するエピソードの投稿を受け付けております。

まだ、立ち上がったばかりなのですが、同コミュニティのトピックで紹介されたエピソード(歴史・地理・ファンタジー)に触発されて、また新たなトピックが発生する、という創発的な動きをみせております。

今後、ある程度のトピックが集積してきた段階で、次のステップとして、HACサイト上で、「物語データベース」として展開し、閲覧・投稿の間口を広げてゆきたい、と計画しております。

今日は、その中で、どのようなトピックがあるか、ご紹介したい、と思います。

「南禅寺へ豆腐を買いにいった話」
場所/広島県・宮島・弥山
時代/江戸時代
キーワード/三鬼大権現
内容/彌山の三鬼大権現が、京都の南禅寺へ飛んでゆく話。(すでにこのブログでご紹介しましたね。)

「うみあがり」

場所/岡山県・伊部・直島
時代/桃山期(昭和初期)
キーワード/陶芸・備前焼
内容/備前焼で有名な岡山県で、海中から引き上げられた古い時代の陶磁器の話題から、瀬戸内海交易の話に展開中。

「海人の藻塩」
場所/広島県・呉市・蒲刈町
時代/古墳時代
キーワード/海人・藻塩
内容/NHK広島の朝の番組で「海人の藻塩」のことが取り上げられていたことをキッカケに、古代の海人の生活に思いをはせる。

「倉橋島(長門島)の造船」
場所/倉橋島
時代/主に古代から明治時代
キーワード/倉橋千軒・造船
内容/倉橋島は、古代以来、明治以前の時代においては、木造の和船に関して、全国でもトップクラスの造船の町で、「倉橋千軒」といわれるほど、賑わっていた、という史実から、古名である「長門島」の由来をさぐり、東南アジアとの関係をさぐってゆけるかも。

「やっぱり宮島でしょう!」
場所/日本三景 世界遺産 安芸の宮島
時代/あらゆる時代
キーワード/神の島・厳島神社
内容/共に宮島出身者のもも@みやじまと、 koh_chan_1967の二人を中心に、ありきたりの宮島情報ではない、「アナザーサイド オブ ミヤジマ」情報を展開中!

「海が、ひかる。」
場所/日本三景 世界遺産 安芸の宮島
時代/現代
キーワード/高校・ボート部・夜・海
内容/これは、もも@みやじまの体験談を、ちょっとした物語風に書いたものです。幻想世界板として展開か。以下に全文紹介。

「海が、ひかる。」


今は見る影もありませんが、わたくしこともも@みやじま、中学生のときまでは、やせっぽちで、「鹿」みたいな男の子でした。

そんな私も、「アントニオ猪木」「タイガーマスク(佐山聡)」に憧れ、「ビルドアップ」した健全な肉体になりたい、と思っておりました。

高校入学後、運動部でがんばろうとおもったのですが、スポーツはからっきしダメで、特に球技は、みんなの「足手まとい」になるばかり。

「走ること」も苦手で、中学校の運動会では、走る競技で周回遅れになり、運動会に来ていた父兄の皆様が、「ぱん、ぱん、ぱん、・・・」と手拍子で応援してくれた「苦い記憶」があります。

幸いなことに、入学したH高校には、「ボート部(漕艇部)がありました。

「しめしめ、これなら、スタートラインはいっしょだ。」という浅はかな目論見で入部したのですが。

その当時、「女子部」は、国体や総体でも好成績をあげるほどの隆盛を誇っていたのですが、反して「男子部」は、人数も少なく県大会でもまけるほどの弱小でした。

コーチやOBからも見放され、毎日、毎日ぷか〜り、ぷかりと宮島の沖を漂っておりました。

しかし、仲間たちは、相当個性的な人ばかりで、いつも腹筋がいたくなるほど笑わせてもらってました。

彼らのエピソードには事欠かないのですが、今日はひとつ、「幻想的な」やつを。

その当時、OBの人たちも熱心に艇庫にこられて、国体青年の部の広島県代表として、活動されておられました。

練習も熱心にされておられたのですが、熱心なあまり、なんと、自分たちで「シェル・フォア」という丸底の艇をつくっておられました。

その艇は、本来、合板で作るのが正規なのですが、加工のしやすさから、透明のアクリル板(かFRP板)で、艇体を仕上げておられました。

夏も過ぎ、ちょっと涼しくなったある夜。

「おい、おまえら、ちょっと試乗するけえ、乗れ。」

ということで、「出来立ての」艇に乗り込み、海に出たのです。

「う、接着剤が、うまくついてなかったら、浸水して、沈(ちん)するかも。夜で暗いし。」

とびびったのですが、OBの命令には逆らえず、乗艇することに。

昼とちがって、よるの海は、なんか、濃いカンジがします。

4つのオールが、静かに、漕ぎ出しました。

ぼくは、空にうかぶ月と、海にうつった月を交互にみて、無事帰還できることを願いました。

「キャッチ!ロー  キャッチ!ロー」

沖に300メートルくらい、出たときのことでした。

突然、ぼぅ、と、足元が。

とうめいな、艇の底が。

ひかる。ぼぅ、と。ひかる。

そう。この日は、「夜光虫」たちのおまつりの日、なのです。

後方には、艇の軌跡が、一筋の光となって、残っています。

オールをつけるたびに、ぽつん、ぽつんと、規則正しい4つの点が、海の上に残されてゆきます。

ねっとりとした夜の海を、淡く、ひんやりとした光に包まれて、ゆっくりと艇がすすんでゆきます。

このまま、月まで、漕いでゆけそう。

ほんまかいな。

2007年07月24日

「@ニフティ タイムライン」を導入してみました!

2007年7月24日(火)

皆様へ

もも@みやじまです。当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。

トップページに「@ニフティ タイムライン」を実装してみました!

これは、「時間の流れ」をビジュアル化するウェブサービスなのですが、これを、「物語データベース」として使用できないかな、と思い、試してみました。

我ながら、なかなかいいカンジ。

一番下にある、青いバーをつかんで動かすと、左は過去、右は未来です。

縦軸は、上に行くほど「ほら話」、下に行くほど「実話」という風にしています。

年表の中のトピックをクリックすると、「@ニフティ タイムライン」へ飛び、エピソードを読むことができます。

なお、表示されたエピソードの一番下に、該当する地域のマップのリンクを貼っております。

ぜひ、お試しあれ!

★ご注意★@nifty TimeLineβ は2011年6月30日にサービス終了しました。

2007年07月18日

「鶴首(つるくび)」

2007年7月17日(火)

もも@みやじま様

メール拝読しました。

「SETO」プロジェクト良いですねー。
壮大かつシンプルな名称で、多くの方に受け入れていただけそうですね。

それから、「南禅寺に豆腐を買いにいった話」も大変興味深く読ませていただきました。

例えば「民話」の構造変換を考えると、三鬼さんの背中→船、空をひと飛び→瀬戸内海〜淀川航路という具合にも読めるかもしれませんね(夢が無い!としかられそうです)。

それにしても、昔は、宮島から瀬戸内海を通って大阪湾に入り、そのまま淀川を上って京都まで船で行けたでしょうね。
蒸気機関やエンジンの無い時代、どの程度の日数がかかったんでしょうね。

さて、私も「うみあがり」の続きのネタを少々投稿させていただきます。

「鶴首(つるくび)」

[岡山県・伊部・直島・高野山][桃山期(昭和初期)][陶芸・備前焼]

さて、古備前海揚がりの「鶴首(つるくび)」という作品が、その形態の特徴から高野山の密教法具「高野水瓶」の写しとして制作された特別注文品だったかもしれないという説を読みました。

密教法具「高野水瓶」は胡銅(錫と銅の合金?)で作られたもので、おそらく中国大陸から伝わったものでしょう。

瀬戸内海と高野山がここで繋がるとは驚きです。。。。

この説は、備前焼作家の山内厚可さんという方のホームページで拝見しました。(「備前焼・山内厚可」で検索されれば、「備前焼雑器」>「鶴首のこと」という部分に写真も掲載されています。)

2007年07月17日

「南禅寺へ豆腐を買いにいった話」

2007年7月16日(月)

ぐっさん@げんしゃ様

もも@みやじまです。

昨日のメールで、我々のプロジェクト名を、「広島アニメーションプロジェクト(仮)から「SETO」にしようというご提案をしましたが、いかがでしょうか。

本家の「SETI」は、

Search for Extra-terrestrial Intelligence

「地球外知的生命体探査」

の略称なのですが、我々の「SETO」はどうしましょう?
なにしろ、名前が「天からおりてきた」状態なので、なんにも考えていませんでした。

ううむ。おもいつかん。とりあえず、

Search for e-Tales and oral-stories

「インターネット上の(e)おもしろい(entertaining)お話と、かたられた(Oral)物語探査」プロジェクト

ということで、いかがでしょうか。

実は、「ポール・イマージュ・広島」 「HAC(広島アニメーションシティ」の両プロジェクトも、何も決まっていない段階で、名前だけ先に決めておりました。

組織の上司からは、以前から、「『ビエンナーレ』の名前だけでも、『鼻炎な〜れ?』とか言われて、定着するまでに時間がかかったのに、わけわからん名前を、勝手につくるな」という指導をいただいておりましたが。

また、「命名」してしまいました。すみません。

さて、ぐっさんの「うみあがり」、おもしろかったです。
私も、初の「ファンタジー」投稿、させていただきます。

「南禅寺へ豆腐を買いにいった話」

[広島県・宮島・弥山][江戸時代][三鬼大権現]

宮島には、弥山(みせん)という山があるのですが、太古より「天津磐境(あまついわさか)」として信仰の対象となり、「聖なる山」として崇められてきました。

山頂付近に「三鬼(さんき)大権現」というお社があり、霊験あらたか、ということで、私の祖母も、熱心に信仰しておりました。

かくいう私も、大学受験の際には、祖母が「三鬼さん」に「願掛け」をしてくれて、念願の大学に、なんとか合格した次第です。「おかげまいり」ということで、入学後、毎月1日には、弥山にお参りしておりましたが、「合コンとデート」にあけくれる毎日。いつの間にか、お参りをおそろかにしておりました。

今日は、その「三鬼(さんき)さん」にまつわるお話を少々。

三鬼さんは、氷砂糖か金平糖、豆腐が大好き。私もお参りのときには、氷砂糖を持って、お供えしておりました。

ある日のこと、三鬼さんの堂守りをしていらっしゃった人が、

「実は、今日は豆腐屋が休みでございまして、お豆腐を差し上げられないんでございますが」

と申し上げたところが、

「ああ、心配するな、わしの背中に乗れ」

と三鬼さんがいわれて、で、雲を飛び、山を越し、瀬戸内海を一っ飛び。着いた所が京都の南禅寺の前。で、三鬼さんが、

「その辺を見物して来い。夕方までには帰ってこいよ」といわれまして、その堂守りさんは京の町に出られたんです。

ところが、そこで、京都から宮島へ呉服を商いにくる顔なじみの方と、京都の町でバッタリ出会ったわけです。

「おっりゃ〜っ!こりゃあ、三鬼さんの堂守りさん」

「ややっ!こりゃあ、呉服屋さん」

「どうされましたか」

「じつは、三鬼さんに差し上げる豆腐がなくなって、きょうは豆腐を買いに南禅寺まで来たんです。帰りには豆腐をこうて帰らにゃあいけん。天狗さんが『背中に乗れぇ』いわれたんで、ここまで送ってもろうて、また宮島まで送ってもらうんじゃが・・・」

「そんな馬鹿なことがあるもんかい」

「馬鹿なことがあるかないか、それじゃあ、まあ今晩帰るから、あんたこれから宮島の方へいくんなら、どっちが先に着くか、ひとつ宮島で会いましょう。」

というわけで、日暮れになり南禅寺にもどりましたら、

「さあ、帰るぞ。豆腐籠をしっかり持っとれよ」

というようなことで、三鬼さんの背中に乗ったところが、もうその日の夜中前には宮島へもどっておったそうです。

それから、都からテクテク歩いて来た呉服屋さんが、堂守りさんを訪ねてきて、「これは参った」というはなし。

[出典:『広島民俗』(広島民俗学会)]

2007年07月16日

「SETO」

2007年7月15日(日)

ぐっさん@げんしゃ様

台風4号、心配でしたが、厳島神社も、ほとんど被害が無かったようで、ひと安心です。
台風が過ぎ去った後は、埃や大気汚染が吹き飛ばされるからでしょうか、宮島口から船にのる際、宮島がとても近く見えます。

さて、前回、前々回のメールで、これから我々が取り組んでゆく方向性を整理していただき、ありがとうございました。

「長編ストーリーアニメーションをつくる」という視点で、わが故郷「宮島・広島」や「瀬戸内海」の風景・歴史・地理・民俗を振り返ってみるとき、これまでとは違った「景色」が見えるような気がします。

「ここに、どんな人が住んでいたのだろう」
「ここに、どんな物語があったのだろう」
「ここで、これからなにが起こるのだろう」

少年の頃、アニメや特撮番組に影響されて、「秘密基地」をつくった時の感覚がよみがえります。

これから、我々自身が取材(レポート)してゆくと同時に、みなさんからの投稿・情報提供をただいてゆくわけですが、その手段として、まず、mixiにコミュニティを立ち上げてみました。

「広島アニメーションをつくる!」http://mixi.jp/view_community.pl?id=2395957

第一段階としては、こちらで情報収集を図り、徐々に拡大してゆけたら、と考えております。

そこで、投稿していただくための、「基本事項」を整理してみました。

[mixi投稿についての説明]
@新しいテーマの場合、「トピック」を作成してください。
A「トピック」の「タイトル」は、自由です。
B本文の最上段に[時代][場所][キーワード]を書いてください。
C本文のテーマ・内容・文体・表現スタイル、量は自由です。
Dトピックに触発されて、思いついたことや、情報を、コメントに投稿してください。
E写真・イラスト等も、ぜひ投稿してください。


また、メールでの投稿についてもほぼ同様ですが、整理しますと、

[メール投稿についての説明]
@メールのタイトルを「[投稿]○○○○○○」としてください。
A[投稿]以降の部分は、自由です。
B本文の最上段に[時代][場所][キーワード]を書いてください。
C本文のテーマ・内容・文体・表現スタイル、量は自由です。
Dトピックに触発されて、思いついたことや、情報を、コメントに投稿してください。
E写真・イラスト等も、ぜひ投稿してください。


なお、メールでいただいた投稿も、mixiとブログで紹介してゆきたい、と考えております。

投稿用のメールアドレスは、後日設定いたします。よろしくお願いします。

それでは、おおくの「ファンタジー」が集まることを、祈念して。

がんばってゆきましょう!

追伸:
ぐっさん@げんしゃ様、「SETI」というプロジェクトをご存知ですか。「SETI」とは、インターネットでつながっている無数のコンピュータを、分散コンピューティングの技術を応用して活用し、宇宙から飛来する電波を解析し、地球外生命体からの通信を探索するシステム(運動)です。

提案ですが、我々のプロジェクト名を、「SETO」と名づけたい、と思いついてしまいました。

これから、無数のファンタジーが集積してゆき、あらたな叙事詩をつくりあげる。その活動自体を「SETO」と名づけて、あわよくば、作品の表題・主人公の名前にも・・・なんてね!

2007年07月15日

「うみあがり」

2007年7月14日(土)

もも@みやじま様
『レミーのおいしいレストラン』の突撃レポート拝見しました。お疲れさまです。ピクサーのアニメーター、ジョシュ・クーリーさんのキャラクターがとても臨場感たっぷりに伝わってきました。

それにしても強烈な台風が接近していますが、宮島は大丈夫でしょうか?被害がなければよいのですが・・・

それでは、前回のメール(No.4)の続きをお送りします。。

前回のメールNo.4「目指せ甲子園?!」では、第1段階のキーワードを、「Web活動の継続(充実)」、「情報収集」、「物語作り」の3つで表してみました。Web活動の方はもも@みやじまさんのご専門分野?ですので、ここでは「情報収集」と「物語作り」について少々。

情報収集も物語作りも、やはり、「何を」「どのようにして」集めるか/作るか?が問題になりそうです。

もも@みやじまさんがNo.2とNo.3で述べられていたように、瀬戸内に関連した物語、あるいはアニメのテーマになりそうな情報、さらには(物語の)視点、設定、話題、プロット、ストーリー、あるいは「広アニプロジェクト」に関連しそうな情報について、この企画に関心を持ってくださる方々に、とにかく思いついたまま、このブログへのコメントやメール等で書き込みをお願いしてみましょう。もちろん、その内容は、完成型でなくても大歓迎です。「思い、ファンタジー」のかけらを、興味のある方に投稿してもらい、集めてゆきましょう。

まさに、「瀬戸内海の浦浜」で見つかる、「きれいな貝のかけら」のように。

そして、私やもも@みやじまさんが、実際にネタになりそうな場所へ行き、情報を「足」で集める「潜入(?)レポート」も織り交ぜてはいかがでしょう。

それから、広アニプロジェクトが気になるという方の中に、「広島」や「瀬戸内海」に縁やゆかりが無いので躊躇される方がいらっしゃるかも知れませんが、遠慮はご無用ですよね。

それでは言い出しっぺのひとりとして、ネタ的話題をひとつ。

私自身、この数年間、日本の焼き物(陶磁器)文化に関心を持っていろいろと調べているのですが、もも@みやじまさんから「瀬戸内海」をテーマとしたアニメ物語作りをお聞きした時、「海揚がり(うみあがり)」の陶器のことを連想しました。

「海揚り」とは海中から引き上げられた古い時代の陶磁器の総称ですが、平凡社の『増補 やきもの事典』(2000年、49頁)によると、特に「昭和初期に岡山県の宇野港沖合にある直島北側から大量に引き上げられた桃山期の備前焼」を指すそうです。

備前焼が作られる岡山県の伊部周辺は、入り江に近く、現在でも少し歩けばエメラルドグリーンの美しい海面を眺めることができます。海揚がりの備前焼と聞くと、かつて瀬戸内海の島々の間を縫って航行する船に備前焼の器や壷などが積まれ、運ばれていた情景が思い浮かびます。

例えば、《(瀬戸内海に面した)とある高校の陶芸部員が、海揚がりの古備前の器をふと手に取った瞬間に。。。》

失礼しました(冷汗)

ぐっさん@げんしゃ